游氣風信 No37「不惑 植木等」
游氣風信 No37「不惑 植木等」
三島治療室便り'93,1,1
三島広志
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《游々雑感》
年頭に「不惑」
わたしもこの正月を39歳で迎えました。数え年で言うならついに不惑の世代に入るのです。
論語に「吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。」とあります。もちろんこれは孔子という偉大な先哲のことばであって、わたしごときジンピンコツガラのまっとうでないものの人生と比較するべくもない、そもそも比較することが不謹慎という人生訓の一つですが、[聖人君子]即ち人生の手本とすべき人と解釈すれば、先ほどのことばは万人のためのことばと言えましょう。さもなくば孔子をして「子曰く・・・」などともったい付けて凡俗に説く必要もない訳です。
という訳でわたしもとうとう人生に責任を持つべき世代にいやがうえにもなってしまったのです。これは自分の人生80年の折り返し地点という大切な時期に差しかかったという意味だけでなく、社会的にも重要な年齢になったということでしょう。その自覚を促すことばが不惑なのだとジンピンコツガラのまっとうでない頭なりに理解しているのです。
論語では続けて「五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)う。七十にして、心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こえ)ず。」とあります。
耳順うとはおのれにやましさがなく、他人の忠言、教訓も耳に逆らうことはないの意味で、心の欲する所云々は自分がやりたいように行動してもそれが天の道から外れることがないということだそうです。人生の極致ですね。
この論語から十五歳を志学、三十歳を而立(じりつ)、四十歳を不惑、五十歳を知命、六十歳を耳順、七十歳を従心と呼びます。不惑以外はあまり知られていませんね。
わたしのワープロでも辞書に入っていたのは不惑だけでした。
天命を天寿と誤解する人がいますが、天寿は天から授かった寿命のことで、長生きした人のことを天寿を全うしたというのはここから来ています。
天命は運命(努力によって変えられるもの、たとえば職業や結婚相手の選択)・宿命(なんともならないもの、例えば日本人に生まれたことや男に生まれたこと)の意味ともう一つ、自分がこの世に生まれて社会的・歴史的生物つまり人間としてなさねばならない天から与えられた役割即ち使命のことを言います。
これは社会的な働きかけが中心となるでしょうが、体に重度の障害があって何もできない人でも周囲の人に微笑で働きかけることも立派な天命でしょうし、ただ生きているだけでも周囲の人の励ましになる人は一杯いますから、これは見事に天命を実現していると言っていいのではないでしょうか。
ただほとんどの人が天命を明らかにすることなく世を去って行くと思います。もちろんわたし自身を含めてのことです。しかしそれではあまりに空しいではありませんか。そこで考えます。むしろ自分の天命を考えることそれ自体も大切な天命なのではないかと。答えにはなっていませんが。
「人は何のために生まれて来たのでしょうか。わたしは人はそれを考えるために生まれた来たのでないかと思います。」
これは宮沢賢治のことばです。二十代の賢治が農学校の生徒達と河原で実習の疲れを癒しながら、身近な石や草花を例にした楽しい課外授業の傍ら生徒達に投げかけた質問です。おおいに同意したい意見です。
その賢治は38歳でこの世を去りました。(その死に際しては違うことばで「天命」を述べています。)
そうなんです。今年わたしは数えで40歳になると同時に、中学生の頃からいつも心で意識してきた宮沢賢治の年齢をとうとう追い越したのです。
しかしまだまだ惑わずとはいきそうにもありませんし、むしろそんな不安定感を楽しみ味わいたい心境でもあるのです、本当は。ちょうどオートバイを傾けてコーナーを曲がるときのような不安定な釣り合い、結構これが愉快なんですよね。
論語の項目 諸橋轍次博士の著書に拠りました。
言葉の拾遺
読売新聞より
自分が遣りたいことと遣らせられることは違う。
植木等
情感溢れるバラードを得意としていた植木さんが、スイスイスーダララッタという「スーダラ節」を歌わされ、その後無責任男としてイメージが固定したときの諦めの心境。ご本人はとても生真面目な人。
先の天命につながるものですが、多くの人の共感を得ることばだと思います。
植木さんのばかばかしいギャグを見て多くのサラリーマンたちが溜飲を下げたことでしょう。こんなことばこそ天命を知ればこそ言えるのかも知れません。
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