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2011年1月25日 (火)

游氣風信 No26「弁証法 寝たきりゼロ サラリーマン川柳」

游氣風信 No26「弁証法 寝たきりゼロ サラリーマン川柳」

三島治療室便り'92,2,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/

《游々雑感》

弁証法

 学生時代に副読本として読まされてなるほどと感心した「弁証法はどういう科学か(三浦つとむ 講談社現代新書)」という本があります。今日でも広く読まれていて、現代新書の中でもロングセラーの一つでしょう。
 今でも時々引っ張り出してぱらぱらと読み返しています。

 その本に興味深いことが書かれています。
 私たちがものごとを認識したり判断したりすることがいかに難しく、過ち(誤解・誤謬)への落とし穴に陥りやすいかということを平明に具体例を持って示してあるのです。
 簡単に紹介しましょう。
 誰でも普通、洗面器の水面は平らだと思っています。さらに、プールの水面だって平らだと信じて疑いを持つ人は少ないでしょう。現にそう考えても日常生活ではなんら問題はありません。なにしろ水面は平らに決まっています。それは私にとって信仰に近い判断の拠りどころでさえありました。
 ところが海岸や岬などの海の見えるところから遥か沖を眺めれば話は違ってきます。
雄大な海面が実は平らではなく、なだらかな曲面であることが肉眼ではっきりと見て取れます。ということは、プールや洗面器の水だって表面は平らでなく曲面なのです。

 そう、地球は球なんですから平面などというものは人工的に作り出さない限り初めから存在しないものなのです。

 私たちがものごとを認識・判断するとき、自分ではしっかり見て、聞いて、触って結論に確信を持ったとしても、海面(球面)の一部を区切ったと同じ洗面器やプールの水面を平らだと勘違いしているように絶対に正しいとは言い切れないのです。むしろ平面であって欲しいという願望によって現実を自分に都合よく歪めて解釈しがちなんですね。

 「弁証法はどういう科学か」には、こう言ったことが論理的に書かれています。安い本ですから興味のある方は読んでみて下さい。かなり歯ごたえのある本ですから、ちょっと意志を強く持って読む必要がありますが。

 人と人とのささいな誤解はこうした人間の認識力が不完全なことに起因することがままあります。それは先にも述べたように、私たちは自分に都合よくしか物事を捕らえられないという本質的欠陥に由来するのです。(本質的欠陥と言いましたが、考え方を変えれば、私たちは現実を自分にとって都合よく解釈するからこそ、先行き不明
の人生を何とか暮らしてゆけるのだと思いますけど。)

 今の情報だけからするとこう判断するけど、さらに情報量が増えたら考えはまた違ってくるだろうし、情報の質が変われば違う結論も出てくるでしょう。ですから私たちは常にまったく異なった視点もあるはずだという広い謙虚な心構えが必要となってきます。そこを十分承知してものごとを見たり聞いたり自分の意見を述べたりしないと誤解や争いを招くわけです。自分だけでなく相手も間違えて判断することは避けられないわけですし。

 言い換えると人はあらゆるものを自分のレベルでしか見ることができないということです。どんなに優れた芸術でも、例えば抽象画なんか訳が分からないから嫌いだと言う人にとっては単なる子供の悪戯みたいな絵でしょうし、抽象の中から何かをつかみ取る能力のある人が見れば名画となるのです。
 今大人気の相撲にしても、興味のない人からすれば褌をした野蛮人の喧嘩に過ぎないでしょうし、関心ある人にとっては日本の伝統文化の象徴となるわけです。

 自分は自分のレベルでしかものごとを見て、判断することが出来ないということと、いつでもいかなる意見が出てきても少しもおかしくはないということを理解しておかないと、偏屈な視野の狭い浅い人生を送ることになります。まして乏しい認識力とお粗末な判断力に基づいてこのような文章を臆面もなく書いている私自身、常に冷や汗
ものなんですよ。

<寝たきりにならないために>

寝たきりゼロへの10カ条(厚生省)
1 脳卒中と骨折予防 寝たきりゼロへの第一歩
2 寝たきりは寝かせきりから作られる 過度の安静逆効果
3 リハビリは早期開始が効果的 始めようベッドの上から訓練を
4 くらしの中でリハビリは 食事と排泄 着替えから
5 朝起きて先ずは着替えて身だしなみ 寝食わけて生活にメリとハリを
6 「手を出しすぎず目は離さず」が介護の基本 自立の気持ちを大切に
7 ベッドから移ろう移そう 車イス・行動広げる機器の活用
8 手スリつけ段差をなくし住みやすく アイデア生かした住まいの改善
9 家庭(うち)でも社会(そと)でもよろこび見つけみんなで防ごう閉じ込もり
10 進んで利用 機能訓練デイ・サービス 寝たきりなくす人の和 地域の輪

 今まで「寝たきり老人」と称していた人のことを、最近では「寝かせきり老人」と呼ぶようになりました。「寝たきり」とは周囲の努力不足から不本意にも動けない寝たままの状態にてしまっていた状態であったとの反省から呼称が変わったのです。
 以前ならベッドに寝たきりになる人が本人の意志と介助者の努力や介護用品の杖や車椅子を上手に用いることで、生活範囲を大きく広げることができることが分かってきたからです。

 脳卒中後遺症などの人達が服を着たり、食事をしたりするのをじっと見ているのはとても気の毒でしかもじれったく、つい家族の人が手を出してしまいます。しかし、そこを我慢して自立できるように心を鬼にして臨まないと、病人に甘えが出てしまいます。介護は本人が可能な限り独力でできるようにちょっとした手助けや転ばないように安全に気をつけるだけに止めて自立を促すことが、長い目で見れば本人だけでなく、介護する家族の人にとっても後々とても有意義なこととなります。

 介護される側も少しでも自発的行為が可能ならば、ささやかながらも(本人にとっては大変な努力です)社会参加している喜びが感じられるはずです。
 何もかも家族がやった方が楽な面もありますが、それは子供の教育と同じでじっと見守るということがとても大なのです。
 リハビリ専門病院では看護婦がはた目に冷たく感じるほど患者に助けを出しません。
着替えを前に置いて「着替えてください。」言うだけでじっと見ています。患者はなかなかうまく着替えができないので文句を言うと、「あなたは病気の治療に来たのではなく、社会復帰のために来たのでしょう?入院したがっている人は一杯いるからすぐ出て行ってもらってもいいんですよ。」と言い放ちます。家族は付き添えません。
そのうち患者のほうに自立の意欲が出るのを辛抱強く待っているのです。
 もちろん障害の程度に応じて対応は変わって来ます。病状の不安定な人にはもっと優しく接し、リハビリで回復が期待できる人には厳しくです。

 上記の10番の「デイ・サービス」とは日常生活が不自由な高齢者や障害者を昼間預かって訓練したり、入浴させてくれるサービスです。車で送り迎えもありますから、介護家族の休日にもなります。
 家族が用事で何日か家を留守にしなければならないときも、「ショート・ステイ」と言ってその間面倒をみてもらえるサービスもあります。詳しくは市役所や民生委員などにお尋ねください。条件によっては無料でサービスが受けられる場合もあります。


 上の10ケ条は厚生省がまとめたものです。各家庭でできることばかりですから、もし身近に障害の方や高齢者がおられるようでしたら参考にしてください。

転倒・骨折事故発生場所(老人=65歳以上)

  居住場所    46%   道路上     32%
  公衆場所    19%   その他      3%

 居住場所の内訳
  居室      55%   階段      10%
  廊下      10%   庭        9%
  台所・浴室・便所・他     9%

東京消防庁 昭和60年

 その「寝かせきり」になる原因のトップが、脳卒中後遺症と上に書いた転倒事故による骨折ではないでしょうか。これを見ると約半分の老人は家で骨折しています。しかも意外なことに居室内が圧倒的に多いのです。それだけ長く過ごしている場所ということでもあるのでしょうが。

 日常生活の身の回りで見落とした危険はないか注意したいものです。
 コードなどのようにつまずきやすい紐状のものはすっきりまとめ、コタツ布団や座布団もつまずかないように整理しましょう。

 玄関や風呂などの段差の大きいところは台を置き、手すりをつけて楽に出入りできるようにしておきましょう。夜間トイレに行く通路には明かりを一晩中つけて置くことが肝心です。できれば階段に手すりをつけるほうがよいでしょう。
 夜間だけはポータブルトイレを使う手もあります。

 高いところの物を取るために踏み台を使うときは若い人に任せた方が賢明です。私も往療先のおばあさんに蛍光灯の取り替えを頼まれたりしますし、車で重度障害の人を乗せて近所の店まで買い物につきあったりもします。集金に来た銀行員が棚のクギを打っているところに出くわしたことがあります。「立ってる者は親でも使え」なら
ぬ、「訪問者は誰でも使え」というところでしょう。


第一生命「サラリーマン川柳」

 サラリーマンの悲哀をユーモラスな川柳にしたためて毎年好評の第一生命「サラリーマン川柳」が新聞に載っていました。サラリーマン経験の無い私ですが、読んでなるほどナァーと同情と笑いで胸中を満たしています。


ティーショット部長打つ前手をたたく(案山子)

   接待ゴルフの味気無さをさる銀行員がこぼしていました。

陰口をたたくやつほどゴマをすり(世渡り上手)

   こんな輩はどこにもいます。

指示待ちの上司の下で指示を待ち(北の風来坊)

   部下は辛く、中間管理職は哀し。

熱い鉄強く打ったらすぐに辞め(中間管理職)

   焼き入れした鋼は今は無く、皆、焼きなましばかり。

吊り革に結んでやりたい長い髪(バーコード)

   朝シャンの甘い香りも身動きできない満員電車では実にうっとうしいもの。


 これらの作品は一般から投じられたいわゆる素人川柳です。これを見ますと喜怒哀楽の折りに触れ、短歌や俳句・川柳に託して感情をうまく処理して人間関係を円滑にし、極力争いを避けて行こうという日本古来からの知恵は未だに連綿と機能しているようです。
 現代のサラリーマンも日頃の愚痴や恨みを川柳で解消し毎日の労働にいそしんでいるのでしょう。

 歌のジャンルを大ざっぱに分けると、主として調べに託して意味を歌うのが短歌、意味を読まず自然の景物に委ねるのが俳句、人事の断面を切れ味鋭く皮肉るのが川柳となります。俳句は意味性を極度に押さえ鑑賞者の想像に任せる比重が重く、短歌、川柳は意味を重んじます。もっとも現代俳句と現代川柳の境界は極めて曖昧でどちらに入るのか分からない作品および作者もいます。

 しかしここに紹介したサラリーマン川柳は江戸古川柳の流れを汲むとても分かりやすい楽しいものばかりです。奥さん方もぐうたら亭主や生意気息子にカチンときたら一つ川柳でもヒネッて心の中でほくそ笑むのもちょっとしたストレス発散健康法になりますよ。嫁など題材にしたら傑作ができること請け合いです。

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