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2007年12月

2007年12月 5日 (水)

哀悼 戸部雄一郎先生

鍼灸専門誌『医道の日本』最新号で同社会長戸部雄一郎先生がお亡くなりになったという追悼特集を拝見し、大変驚きました。前社長宗一郎先生がお亡くなりになってさほどの年月を数えていません。全く存じ上げなかったのですが、先生は胃がんで長く闘病されていた由、ただただ深く哀悼の意を表すばかりです。

わたしが雄一郎先生に初めてお会いしたのは鍼灸学校一年生。昭和五十一年の夏休みだったと記憶しています。名古屋から一か月上京し、経絡指圧の勉強のため増永静人先生の治療室に出入りしていました。せっかく上京したのだからと医道の日本社新宿支店に書籍を購めにまいりました。その折に応対してくださった方が雄一郎先生でした。『黄帝内経』や幾つかの書籍をレジに持っていきましたら、色々と話しかけてくださいました。何処から来たのか、何処で勉強しているのか、この本は推奨できるとか・・・。

そして、最後に「自分は本を読んで勉強する学生が大好きだ」とおっしゃられ、今後の勉学に多いなる励ましをいただいたのです。

その後、わたしは『医道の日本』誌に、幾つかの論を発表いたしました。そのご縁で父上の宗一郎先生から何度かお便りをいただき、約十年に亘って「新年のことば」を書く機会もいただきました。さらには五百号記念号の原稿も依頼され、有難く書かせていただいたことも懐かしい思い出です。

雄一郎先生とは新宿支店でお会いしただけで、その後の交流は無かったのですが、『医道の日本』昭和六十年五月号「キネシオ・テーピング法の治療法をめぐって」という座談会に招いていただき、その席で再会いたしました。

その座談会は「キネシオ・テーピングを試みて」という拙論が同誌に掲載され、加瀬先生から返礼のように「三島先生のキネシオテーピング」という論が掲載された後を受けた企画でした。おそらくわたしがキネシオ・テープの症例報告者第一号だったのでしょう。

新宿の料亭で行われた座談会の後の会食で、雄一郎先生に数年前お会いした話をいたしました。先生は記憶を辿るように遠くを望む目をされながら「そう言えば、増永先生のところで勉強しているという青年と話したことがある、彼が三島先生でしたか」と仰ってくださいました。

それから二十年、治療家としていつも障壁に突き当たっています。技術のこと、患者との対応のこと、経営的なこと。挫けそうになることばかりでした。それでも心の奥底にはあの初学の頃、雄一郎先生から「自分は本を読んで勉強する学生が大好きだ」と励まされた思いが通奏低音のように支えてくれています。

先生、どうぞごゆっくりお休み下さい。

游氣塾 三島治療室

三島広志

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h-mishima@nifty.com

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