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2006年5月11日 (木)

吟遊

そのメールは唐突にやってきました。もっともあらゆるメールは唐突に来るものですが・・・。

メールの主は国際俳句季刊誌『吟遊』(吟遊社)を発行している俳人にして明治大学教授の夏石番矢さんでした。しかもその内容は驚くべきことにわたしのHP『游』と『吟遊』のHPを相互リンクしたいというものでした。

片や著名な俳人で俳句研究家の夏石さんと、その奥さんの、これまた知られた鎌倉佐弓さんの発行されている国際的な『吟遊』、対してこちらは一個人の趣味的なHP。釣り合いが取れない組み合わせです。

それでもこんな光栄なことはないと素直にリンクさせていただきました。

『吟遊』

http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/index.html

夏石番矢という俳人は、東大のフランス文学で学びつつ俳句を創作・研究され、現在は明治大学教授を務めておられます。氏の研究を強引にまとめるなら俳句を旧弊な日本趣味から解き放ち、言語装置としての可能性を見出していくということでしょうか。その可能性は日本語を超えて存在するというご意見です。

氏は十代から既に頭角を現していた前衛俳句(正確な表現ではありませんが)の期待の星でした。わたしと同年ということもあって長年注目もしていました。しかし、大学で教鞭をとりながら国際的に活躍されている夏石さんと、趣味でひとりこつこつと俳句を作ってきたわたしの間には直接の出会いはありません。ただ、ちょっとした機縁はありました。それはもう随分前のことです。

わたしが所属している俳句結社『藍生(あおい)』(黒田杏子主宰)で第一回の新人賞をいただいた後、一年間「現代の俳句」というテーマで原稿を掲載しました。そのとき夏石さんを取り上げたのです。

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/haikuron/g04.htm

そしてその論が夏石さんの目に止まり、編集部気付でお葉書をくださったのです。たったそれだけのご縁でした。

わたしはその文をHPに掲載しています。おそらくそれがたまたま氏の検索にかかってリンクということになったのでしょう。不思議なものです。と同時にインターネットの面白さです。

当時、同世代の旗手として古典的要素を深める方向に向いていた長谷川櫂(「古志」主宰)さんと俳句を解体再構築しようと邁進していた夏石さんは好敵手として何かと比較されました。それはぶれながら歩んできた俳句の歴史そのものでもありました。両者はそれを意志的に具現していたからこそ時代の寵児足りえたのです。

わたしの拙文「現代の俳句」でも両者を比較して紹介してあります。当時も今も、わたしは両者の言い分のそれぞれに共振しつつ、わが道をつかめないまま何とか俳句を継続して来ました。

これからも迷いつつ俳句を作っていくことでしょう。人生は振り返れば畢竟迷いの跡ではないでしょうか。俳句もまた同様に迷いの表白でしかないのです。

夏石さんの季刊誌の名前が『吟遊』であり、わたしのHPが『游』。「遊」も「游」も漂泊することです。一方は陸路、もう一方は水路。シンニュウとサンズイという偏の違いでしかありません。強いて上げるなら両者の共通点はそこだけしょう。

是非一度『吟遊』を覗いてみてください。

吟遊

http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/index.html

夏石さんの著書には句集以外に、たくさんの評論集があります。入手しやすいものとしては『俳句 百年の問い』(講談社学術文庫)という俳句評論を一望したアンソロジーの編集もありますが、『ちびまる子ちゃんの俳句教室』(集英社)というタイトルからして楽しい本もありますから、是非書店で手にとってみてください。

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/

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